山下清さんは旅先で油絵を描いていると思っていましたが、実際は、放浪後に記憶を基に油絵を描いていたんですね。 記憶力のすごさが素晴らしいですね。 私だったら、きっと描けないと思います。
放浪の画家「山下清展」 丹波市立植野記念美術館 緻密な貼絵やペン画 精神障害や知的障害のある人たちが生み出す、自由奔放な絵画などは「アウトサイダーアート」と呼ばれ、近年注目を集めるようになった。既存の美術システムの「外部」から、美術の常識や決まりごとと無縁に、真の驚きに満ちた作品を生み出す芸術家たち。「放浪の画家」として知られる山下清(一九二二―七一年)も、その一人に数えられるだろう。彼の画業を、初期から晩年まで展望する「山下清展」が、二十七日まで、丹波市氷上町、市立植野記念美術館で開かれている。 清は、関東大震災の前年に東京に生まれた。幼年期の病気がもとで、軽い言語障害、知的障害となり、十二歳で千葉の養護施設「八幡学園」に入園。そこで貼絵(はりえ)を学び、美術的才能を開花させる。十八歳のとき、学園を飛び出し、以後、放浪の旅を繰り返すようになる。 その高い知名度は、彼を主人公とした舞台やドラマ「裸の大将放浪記」によるものだろう。だが、一九五〇年代に起きたブームは、よき理解者でもあった精神科医・式場隆三郎による、メディアを利用したプロモーションの影響が大きいことを、兵庫県立美術館の服部正学芸員が指摘している。大衆的な人気を集め、メジャーな存在となった、日本では数少ないアウトサイダーアーティスト・山下清。だが、ドラマなどで誇張、脚色されたイメージが一人歩きしている面も否定できない。 例えば、彼は旅先で作品を手掛けたと思われがちだが、実際には、放浪後、記憶を基に制作した。彼の天才は、その驚異的ともいえる「映像的記憶力」にあったのかもしれない。 少年時代の素朴な作品と、三十九歳のときのヨーロッパ旅行時の精密な作品を見比べれば、貼絵の技術は、各段に進歩、発展している。中年期の作品の、細密な表現への情熱、執念は驚くべきものだが、美術的な面白みという点では、少年期の作品のユニークさを支持する人も少なくないに違いない。もちろん、評価は人さまざまだ。 本展覧会ではまた、貼絵やペン画、油絵など、彼の作品展示とともに、少年時代のいじめ体験、戦争への恐怖心など、清の内面も、本人の言葉などで紹介。会場に並ぶ愛用のリュックサックや浴衣、日記の手書きの文字などからは、彼の体温が伝わってくるような気がした。 メディアに作られたイメージではない山下清。自分の目で、その実像を確かめてほしい。 同館TEL0795・82・5945 (堀井正純)
引用元:神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/505.html
油絵
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